SさんはALS(筋萎縮性側索硬化症)の、60歳過ぎの男性患者でした。
ALSは、宇宙物理学者のホーキング博士も羅患している、2万5千人に1人の割合で発生する神経難病です。原因は不明で、治療法も事実上ありません。
この病気は神経難病の中でも「運動ニューロン病」と呼ばれるタイプのもので、その名の通り、体の各部の運動をコントロールする神経(neuron)が機能を失います。そのため、手足はもちろん、呼吸するための胸の筋肉なども動かなくなるのです。しかし、脳や感覚神経は正常なままなので、知能も五感も保たれます。それが逆に、頭脳が活発に活動しやりたいこともあるのに、体が動かず話もできない−−−という状況を作り出し、患者に大きな精神的苦痛を与えるのです。
その苦しみがどんなものか−−−私たちも簡単に体験することができます。ベッドなり布団なりに寝て、いつまでも全く動かずにいればよいのです。そのとき、指一本動かしても声を出して話してもいけません。まず数時間と我慢できないでしょう。無理に我慢していれば、そのうちにどうしようもなくイライラしてくるでしょう。その時、患者は私たちと違って、起きて苦痛から逃げ出すことはできないのです。唯一患者が苦痛から逃れられるのは、眠っている間位しかありません。
この世に別れを告げるその時まで続く、終わりの無い苦痛−−−またその苦痛への恐怖は、時に患者の心を歪めてしまいます。Sさんがそうでした。
Sさんはもう4,5年も入院している、古参の患者でした。私が4階病棟に来たときは、すでに気管切開し人工呼吸器を付け、鼻から入れたチューブからの流動食の経管栄養で命を繋いでいました。枕元に経管栄養のイリゲーター(筒状の入れ物)が点滴のようにスタンドからぶら下がり、呼吸器が絶え間無くシュー、パーと低い音を発している様子は、一見瀕死の末期患者の様でした。が、ALSは呼吸器と経管栄養に阻まれ、S氏の命を奪うことは当分できないのでした。もちろん,意識にも知能にも全く障害はありませんでした。しかし−−−その心には、問題が起こっていたのでした。
4階病棟に来たばかりのころ−−−もちろん私は、Sさんが「問題児」だとは知る由もなかったのでした。しかし数日と経たないうちに、「何か変だな」と感じたのでした。
Sさんは、非常に瀕回にナースコールしてくる患者でした。Sさんの病室は、ナースステーションの正面の4人部屋でした。そこは一応、重症患者の部屋、ということになるので、手をかけてあげなければならないのは当然−−−と、始めは思っていました。ですから、何度も繰り返し、しつこいほどにコールしてきても、いやな顔もせずに「どうしました?」と、用事を聞きに行っていました。患者の用事−−−食事、排泄、体位交換など、日常生活行動を手助けするのが、看護助手の仕事なのです。しかし、どうしたのか聞いてもほとんどの場合、何も答えないのです。無表情にテレビを見ているだけで、私がいることを無視するのでした。しかし、何も言わないからといって放っておく訳にもいきません。気管切開をしている患者は気管に痰がたまって呼吸困難になることがあるので、その時は痰をチューブで吸引し取り除かなければ命に関わるからです。困った私は、看護婦に聞きました。
「Sさんが、何度行っても何も言わないんですけど・・・」
始めの何回かは看護婦が一緒についてきてくれました。しかしそれでも、何も言わないことの方が多いのです。看護婦も「しょうがないわね、お手上げ」という顔をして、病室を出て行くのでした。そして、
「いやになっちゃうよねぇ、人が聞きに行ってるのに」と、看護婦は言うのでした。本当にいいのかな、と思いはするのですが、何も言わなければこちらはどうしようもありません。しまいには優しく声をかけながら、内心憤慨して引き返すようになったのでした。
それでも、そんなSさんもたまには用事を言ってくれることもありました。しかし、声は出ないので唇の動きを読むしかありません。そうなると、普段話してくれずこちらが慣れていないので、何を言っているか良く分からないのです。そして結局、今度はSさんが怒って、また何も言わなくなるのでした。後はいつもと同じ、何回ものコールに無駄足、の繰り返しです。ひどい時は、何も言わず、私が部屋を出た次の瞬間にコール、ということも度々でした。Sさんのナースコールは息を吹き掛けると鳴る特殊な物なので、普通の呼吸で誤動作することもあるのですが、一言「間違い」とさえもめったに言わないのです。看護婦に対しても同じ様で、皆いい加減頭に来ていたのでした。
そんなある日、私はM主任看護婦の話を聞いたのでした。
「Sさん、どんどん症状が進んで体が動かなくなっていくのにすっごくショック受けてて、それに対する怒りをどうしていいか分からないみたいなのよ」
だからどうしろ、とは彼女は言いませんでした。実際、どうしようもないのです。ALSには治療法がありません。Sさんの「だんまり攻撃」は、病へのやり場の無い怒りの果てに、その心が自己防衛の為に始めたのでしょう。そうでもしなければ、頭が変になってしまうのかも知れません。私たち看護職員は、今まで通り話を聞き、応え、心を解きほぐしてゆくことしかできないのです。
それからも、Sさんの私たちへの攻撃は続きました。わざとナースコールを何度も鳴らして、人が来ると知らんぷりして内心悦ぶ、ということもしていたようでした。しかしそれでも、コールされれば行かなくてはなりません。本当に具合が悪いのかも知れないからです。たまに、とても機嫌が良く、話してくれることもあります。しかしそれは本当に希なことです。いつまでもSさんがこのままなら、皆から疎まれたまま、最後の刻を迎えることになってしまうかも知れません。それは人として、とても不幸なことではないでしょうか・・・
Kさんは、Sさんと同じALSの患者でした。まだ40歳前後の働き盛りの人で、症状はSさんよりは少しだけ軽い状態でした。咀嚼・嚥下機能はまだ残っていたので、普通の食事を食べれたのです。しかしそれ以外は、寝たきりで全く動けないことも呼吸器を付けていることもSさんと同じでした。ですから、病による苦痛も似たようなものでした。むしろ、働き盛りに倒れた分だけ、家族の生活や将来への、また自分の予後への不安は大きいのではないかと思えました。
老人は「死ぬことを目標に生きている」ようなものです。死への恐怖はあるでしょうが、同時に死を自然のこととして諦め受け入れることもできるでしょう。しかし、Kさんのような壮年期の人は、単に自分が生きるだけでなく、家族や社会のためにも生きなければなりません。それができなくなることは、自分の死への不安だけでなく、周囲の者への影響を思っての大きな苦悩を生むことでしょう。
しかし−−− Kさんはそんな不安や苦悩の中でも、「心の歪み」などは全く感じさせませんでした。コールは多い方なのですが、きちんと分かるように話してくれますし、普通の雑談もします。何より違うのは、笑顔を見せることです。一体何が、SさんとKさんのこの違いを生むのでしょうか?
その原因には元々の性格や家族との関係など、様々な要素があるでしょう。しかしいずれにしても、病がSさんの心を歪めてしまったこと、そしてそれが不幸なことであるのは確かなことでしょう。
病は、二つのベッドの上に、光と影を生んだのでした。