そのような不治の病の中で最近注目されているものに、ハンチントン舞踏病があります。それは日本では10万人に一人程度、欧米では1万から2万人に一人の割合で発症する神経難病で、遺伝病です。この病気の患者は、手足や体が自分の意志に反して勝手にばたばた動いてしまいます。それが踊っているように見えるので、「舞踏病」と呼ばれるのです。患者はこの舞踏様不随意運動と、痴呆などの知能障害によって日常生活が障害され、やがて廃人になってしまいます。Uさんはこの病に冒された、中年の男性でした。
4階神経内科病棟では、一人で食事できない人のうち動ける人は、ナースステーション前のデイルームで食事していました。そこは本来は患者の談話室なのですが、4階では食事に介助が必要な患者の食堂としても利用していたのです。そこは西向きのガラス張りのロビーで、夕暮れ時などは丹沢山系の山々が紅に染まる夕焼けに浮き彫りになり、なかなか気の効いた眺めを楽しめるのでした。
Uさんも、デイルームで食事をとる患者の一人でした。舞踏運動と嚥下困難があって、一人では食事ができなかったのです。Uさんの場合、首や背中を跳ねるように反らせる不随意運動が特に目立ちました。手は邪魔にならないよう垂らすのですが、それでも時折跳ねるように動きます。しかし足の方は全く動きませんでした。幸か不幸か、二十前にバイク事故で脊髄損傷になり、下半身不随だったのです。おかげで足には、動かせない代わりにハンチントン舞踏病の魔の手も及ばなかったのでした。
Uさんの食事介助の状態は「全介助」でした。全介助とは文字通り、看護助手が一口ずつ患者の口に食べ物を運ぶことを言います。始めのうち、私はUさんの食事介助をしながら、「一生懸命食べているなあ」と同情していたのでした。彼は舞踏様運動でばたつきながら一口ずつ、時には数分もかけて飲み込むのです。しかしそのうちに、私は何と無く軽い嫌気を覚え始めたのでした。
Uさんは「ごはん」「魚」などと、次に食べたい物を言ってきていました。全介助の場合、介助者のペースで食べさせることになりがちで、患者は必ずしも好きなようには食べられません。ですから、自分が食べたい物を言うのは悪いことではありません。しかしUさんの場合、言い方がどことなくつっけんどんで、時には命令口調にも感じられるのでした。おそらくは、病気による構語障害−−−思うように話せないために、そんな口調になったのでしょう。しかし言い方はさておいて、Uさんの行動には少々疑問と憤りを感じていたのでした。Uさんは食事を自力で食べれないのに、食後に自分でたばこを取り出し一服するのです。Uさんの御飯は手で持って簡単に食べれるよう、おにぎりにしてありました。たばこより大きく持ちやすいおにぎりは食べれないのに、たばこは一人で吸えるというのは、どういうことでしょうか・・・ 私にはどう見ても「自分の好きな事だけして、そうでないことは人任せ」という、怠惰で依存的な態度にしか見えなかったのでした。
そのうちに、追い討ちを掛けるような事が起こりました。ある日、Uさんのベッドのオーバーテーブルに、寿司の小さな折り詰めが乗っていたのでした。地下の売店で買ってきたのでしょう。そして、しばらく後に再び私が病室を訪ねたとき−−−折り詰めは空で、使った割り箸がその上に揃えて置いてあったのでした。Uさんは食べるのに時間がかかりますし、介助が必要なはずです。しかし、そんなに長い間Uさんだけに時間を裂ける人は、その時いなかったはずなのでした。とすれば−−−Uさんは自分で寿司を食べたのでしょう。つまり、Uさんは自分で食事ができるはずなのです。あるいは、ナースか看護助手が仕事の合間を縫って食べさせたのかも知れませんが、病棟の忙しさからして、やはりあまり考えられなかったのでした。
長期入院患者は、時として「ホスピタリズム」という心理的障害をきたすことがあります。入院すると患者は生活や行動を制限され、それまで自分でしていたことにも看護者が介入し肩代りするようになります。それが続くとやがて患者は意欲を失い、面倒なことはなんでも人に頼るようになってしまいます。それがホスピタリズムで、患者の回復や社会復帰に悪影響を与えるのです。あるいはUさんも、ホスピタリズムに冒されていたのかも知れません。
それでも、私は内心憤慨しながらも、やはり今まで通り食事介助を続けたのでした。Uさんは転院までのショートステイの予定だったので、あえて自分で食べるよう働き掛けることもないかと、半ば投げ槍に考えたのです。しかし、Uさんの入院は既に数ヶ月にも長引いていました。彼は独身で両親が既に亡く、叔母が一応後見人になっていたようでした。しかしその叔母が転院先をなかなか探さなかったため、宙に浮いていたのです。子供でもない難病患者のために、いちいち手を煩わしたくなかったのかも知れません。
二月ほど後、私が病棟実習のためアルバイトを休んでいる間に−−−Uさんはようやく老人病院に転院していったのでした。
小さな、稲荷と海苔巻きだけの寿司折が、私の心に引っ掛かったまま・・・
ハンチントン舞踏病は、脳のある部分の神経細胞が変性し消滅してゆく、常染色体優性遺伝する遺伝病です。この病気を引き起こす遺伝子がある染色体は93年春に特定され、遺伝子のおおよその位置も判明しました。それによってDNA診断が可能になり、患者や「キャリア」と呼ばれ将来発病する、病原遺伝子保有者の確実な診断が可能になっています。しかしそのことが、新たな問題を生んでいるのです。
常染色体優性遺伝とは、両親のどちらかが病原遺伝子を持っていれば5割、両親共にキャリアなら4分の3の確率で、子に病気が遺伝することを意味しています。つまり、親がキャリアなら、子は2つに1つか、それより厳しい確率で「不治の病が当たる」ロシアン・ルーレットを回すことになるのです。幸いにして「はずれ」なら、発病の心配も、次の世代に災いが及ぶことも全くありません。しかし「あたり」なら、発病前に死ぬ以外にこの病から逃れる術はありません。ハンチントン舞踏病には、治療法が無いのです。そして病原遺伝子は、子々孫々まで災いを及ぼしてゆくのです。
そのような救いの無い悲惨な未来をDNA診断によって知ることに、果たして意味があるのかどうか−−−その診断結果が患者や家族に与える影響が、今、アメリカを中心に、問題となってきているのです。治療不可能な、せいぜい症状を緩和できるだけで死を待つしか無い難病の遺伝子を持っていることを知ったところで、絶望するだけで大した意味はなかろう、という訳です。実際、アメリカではハンチントン舞踏病の患者の多くは、病気自体では無く、自殺によって死亡していると言われています。
しかし、子孫への遺伝を防ぐためにはDNA診断は有効です。今まではキャリアや患者である親は、運を天に任せて子を産むか、子を諦めるしかありませんでした。しかしDNA診断により、胎児の出生前診断や病原遺伝子を持たない卵子や精子を選んでの人工受精が可能になり、子がキャリアになることを予防できます。それは生命の誕生を操作することになり倫理上の問題はありますが、次の世代に災厄が及ぶことを防ぐことはできるのです。そしていつか、ハンチントン舞踏病を根絶することもできるでしょう。
ただし−−−それは一つ間違えば大量虐殺にもつながる危険をはらんでいると思うのです。かつて「有害な異民族」という理由で、ナチズムはユダヤ人を虐殺しました。今再び過ちを繰り返し、「異民族」を「遺伝病患者」に置き換え「人類に災厄が及ぶのを防ぐ」という大義名分のもとに、キャリアの命を安楽死や尊厳死を語って奪ったり、その意志や人権を踏みにじるようなことがないように、注意が必要でしょう。
人は誰でも、この世に生を受ける時、遺伝子−−−geneのルーレットを回します。希に「マイナスの幸運」−−−遺伝子疾患に当たっても、それはただの偶然なのです。決してその人には、罪も責任もありません。逆に、正常であることも偶然でしかないのです。私たちは、そのことを知り、何をなすべきか、考えるべきなのでしょう。