水風船飛べない 宇宙(ソラ)まで飛べない

 どんな魔法よりも すばらしい奇跡
 僕が今 生きている 流れる時の中に
 虹色のシャボン玉 宇宙まで飛ばそう
 虹色のシャボン玉 宇宙まで飛ばそう
(音楽座ミュージカル・「シャボン玉飛んだ宇宙(ソラ)まで飛んだ/Dream」より)

 薄闇のステージから、虹色のシャボン玉が飛び立ちました。金色のスポットライトに照らされて、風船達は遠い宇宙へと昇っていくのでした。どこまでも、どこまでも・・・
 ICUとは集中治療室のことで、高度な治療を必要とする、手術後や重症の患者を治療する部署です。そこには高価な最先端の医療機器が惜し気もなく導入され、一昔前なら助からなかったような重症者でも、延命が可能です。そこはまさに医療の最前線で、私たち看護学生も必ずそこで一日、実習することになっていたのでした。
 私がICUで実習したのは、7月のある日でした。外はかんかん照りで、眩しい光が溢れ、ICUは想像と違って結構明るかったのでした。そこは多分60畳はありそうな広い部屋で、ベッドが十数床まばらに、U字型に置かれていました。私はその中の、二つのベッドを受け持つことになりました。二人の患者のうち、一人は午前中に病棟へ転棟する人でした。それで私が実際にケアしたのは、結局一人だったのでした。

 その患者は、もう80歳近い老婆でした。彼女は脳腫瘍の末期で、全身状態も悪化し、肺水腫を起こしていました。肺水腫とは、肺に水が溜まることを言います。それは溺れて水が肺に入ったような状態で、充分に酸素を肺が吸収できないため、病状が悪化すると呼吸不全になり窒息してしまいます。彼女はかなり悪い状態で、血液に充分な酸素が含まれていませんでした。そのため、口から気管へ気管内挿管チューブが入れられ、人工呼吸器をつないで一酸化炭素療法をしていました。一酸化炭素は本来は中毒を起こすのですが、ごくわずかに吸入すると、呼吸状態を改善する作用があるのです。その一酸化炭素療法のため、老婆のベッドの脇には大きな制御装置の背の丈ほどもあるラックが鎮座し、重い鋼鉄の細長いボンベが立っていました。そして彼女の腕には点滴の針が刺さり、そこから何本ものチューブがスタンドのボトルに繋がっていました。それはまさに、「スパゲティ症候群」と呼ぶにふさわしい状態でした。絡み合う透明な何本ものチューブからの栄養と薬と、人工呼吸器によって「生かされている」状態−−− それが最先端の医療を受ける患者の実態でした。

 老婆はとても静かに眠っているように見えました。しかし、人工呼吸器につながれ口からチューブが入っている状態は、多少の苦痛を伴います。特に、自分の呼吸と呼吸器のタイミングが外れた「ファイティング」という状態が起こると、非常に苦しいはずです。それは、自分が呼吸の途中で口と鼻を塞がれる事を考えれば、容易に想像できます。
「患者さん、ファイティングを起こして苦しがったりしませんか?」
 疑問を感じた私は、担当の看護婦に聞いたのでした。
「薬でセデーションして、意識レベルを落としているの」
 看護婦の答えは、衝撃的でした。セデーション、とは初めて聞いた言葉でしたが、意識を落とす、ということでその意味は理解できました。つまり、麻酔薬を点滴して、わざと意識を失わせるのです。そうすれば、呼吸器に逆らうような自発呼吸はできません。そのことは、薬剤の使用記録からすぐに確認できました。
 麻酔を使って、意識を失わせる−−− 老人や子どもは、理解力が低いため、治療を妨げるような行為をすることがあります。それによる危険を防ぐため、そして苦痛から開放するために、セデーションをしているのでしょう。まともな大人にとってさえも、ICUはストレスが多い異常な環境です。機械に囲まれ、点滴や呼吸器が体につながり、体を動かすことも制限される−−−それは耐え難い苦痛だと言います。事実、その苦痛に耐えかねて、「ICUシンドローム」と呼ばれる精神錯乱を起こすこともあるのです。しかしそれにしても、麻酔を使ってまで・・・ 私はとても複雑な気分になったのでした。

 しかし、考えてばかりもいられません。そのうちに、看護婦はワゴンに洗面器やお湯を用意し、清拭を始めました。セイシキ、とは、入浴できない患者の体を熱い濡れタオルで拭くことです。それは寝たきりの患者によくできる褥創を防ぐためにも重要なので、おろそかにはできません。私も看護婦を手伝い、老婆の体を支えました。その体は以前太っていたらしく、腹筋がおちて腹の脂肪だけが残り、ヒキガエルの腹のようにたぽたぽでした。さらに手足も顔も浮腫でむくみ、パンパンになっていました。皮膚は張り詰め見るからに薄くサランラップのようで、手の指などはソーセージのように丸々と膨れ上がっていました。その様子はまるで、水風船のようでした。

「現代の老人は、ベッドの上で溺れ死ぬ。病理解剖でメスを入れれば、水が噴き出す」という言葉があります。それは、心臓や腎臓の機能が低下した体が、点滴や経管栄養によって強制的に栄養を補給され、余分な水分を排泄し切れずに浮腫を起こした状態を皮肉っているのです。高度な医療のお蔭で、病気で死ぬ事なく延命はできます。しかし代わりに、医原病としか言い様の無い状態になって、結局は単に苦しみの期間が引き延ばされるだけ、ということもあるのです。

 私は横たわる老婆の体を拭き、洗面器で足を洗いました。薄い皮膚は、今にも破裂し水が噴き出してきそうでした。そのうちに、ふと彼女の目許に目が止まりました。何か、鮮紅色のイクラのような物が両方の目頭に付いていたのです。そんな物は、今まで見たことがありませんでした。
「これ、何ですか?」
 私の問いに、浮腫よ、と看護婦は答えました。それは、目の結膜の一部でした。普通は瞼の裏側にあるものが、浮腫のために膨らみ、外まで飛び出して来ていたのです。
「こんなになってて、呼吸状態も悪くて、意識があったら、苦しいんですか・・・?」
  私はまた看護婦に問い掛けました。
「苦しいんじゃないかしら・・・」
 看護婦は私の顔を見返して答えました。もし、目の前の老婆にセデーションを行わず、彼女に意識があったら−−−彼女は脳腫瘍の痛みや吐き気、浮腫、呼吸困難の三重苦に喘いだのでしょう。しかし今は、夢さえ見ることの無い深い泥沼のような眠りの中で、かりそめの安らぎの時を得ているのでした。
 しかし、それは永くは続きません。やがて身体機能がさらに低下して、老婆は人生のラストシーンを演じることになるでしょう。その時彼女を待つものは、もはや医療では救えない苦痛の中、変わり果てた姿で悶死することか、麻酔の底無しの泥沼に沈むことなのです。いずれにしても、彼女が彼女らしく、人間としての尊厳を保って最後の刻を迎えることは、もはやほとんど不可能なのでした。

 どんな魔法よりも すばらしい奇跡
 −−−彼女に奇跡は起こらないでしょう。医療は魔法ではないのですから。

 私が今 生きている 流れる時の中に
 −−−確かに、彼女は生きている。彼女自身ではなく、機械と薬の力で。

 遠い宇宙の彼方 悲しみこえて
 どこまでも飛んで行こう 輝く夢があるなら
−−−もしも今、彼女に意識があったなら−−−安らぎの宇宙へ、飛んで行きたいと思うかも知れません。

 虹色のシャボン玉 宇宙まで飛ばそう
  −−−歌姫の周りをシャボン玉の群れが舞い、飛んで行きました。素敵なミュージカルの終幕は、もう間近なのでした。

 虹色のシャボン玉 宇宙まで飛ばそう
 −−−水風船は重く、飛べません。

 −−−だから、水風船飛べない 宇宙(ソラ)まで飛べない・・・

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